ブログ一覧
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飯田城をたどる
なぜ、あの赤門だけが生き残ったのか│飯田城桜丸御門
長野県飯田合同庁舎の敷地に、赤い門が建っています。 飯田城桜丸御門。弁柄(べんがら)で赤く塗られていることから、通称は赤門。飯田城に関連する建築のうち、建てら... -
飯田城をたどる
城は消えても、門は町に残った|飯田城、四つの門のゆくえ
飯田城は、明治維新のあと徹底的に壊されました。 天守も櫓も御殿も、いまは残っていません。城跡には神社が建ち、小学校が建ち、県の合同庁舎が建っている。飯田城を訪... -
飯田城をたどる
飯田城跡を歩く|出丸から本丸へ、消えた城をたどる一時間
飯田城跡を訪ねた人の感想は、たいてい似ています。「思ったより何もなかった」。 無理もありません。天守も櫓も御殿もなく、城跡には小学校と県の合同庁舎と図書館と美... -
飯田城をたどる
消えた城の輪郭│飯田城とは、どんな城だったのか
長野県飯田市の中心部に、かつて飯田城という城がありました。 過去形で書くしかないのは、天守も櫓も御殿も、いまは何ひとつ残っていないからです。城跡には神社が建ち... -
南信州の魅力発見
焼け跡に、中学生がりんごを植えた│飯田のまちが選んだ復興のかたち
長野県飯田市の中心部に、りんごの木が並ぶ通りがあります。 400メートルあまりにわたって、春には白い花が咲き、秋には赤い実がなる。市のシンボルとして、観光ガイド... -
南信州の魅力発見
段丘の水が漉いた紙│飯田・下久堅と「ひさかた和紙」の土地の話
飯田は、紙の町として知られています。力士の髷を結う元結、祝儀袋を飾る水引。どちらも飯田の名とともに語られる産物です。けれど、その紙そのものは、いったいどこで... -
歴史のトリビア
信長から謙信へ渡った「南蛮の贈り物」の行方
安土城とともに消えた信長の遺品 戦国の覇者・織田信長。天下統一を目前にしながら本能寺で倒れたこの武将は、意外なほど「もの」(いわゆる遺品)を残していません。と... -
南信州の魅力発見
断層の谷に都があった│大鹿村(おおしかむら)という奇跡の場所
長野県下伊那郡大鹿村(おおしかむら)。 南アルプス(赤石山脈)と伊那山脈に挟まれた、標高の高い谷あいの村です。面積248.28平方キロメートルのうち97%が山林原野。... -
南信州の魅力発見
【飯田市の紙文化】年貢も紙で納めた│南信州の“紙の町”トリビア
その昔、お米の代わりに“紙”で年貢を納めていた町がある――そんなトリビアをご存知ですか? その舞台となったのが、南アルプスと中央アルプスに抱かれた自然豊かな地、長... -
南信州の魅力発見
詩経から生まれた村名と傘の里│喬木村(たかぎむら)の物語
長野県下伊那郡喬木村(たかぎむら)。天竜川の東岸、日本でも最大規模といわれる河岸段丘の上に広がる村です。 この村の名前は、中国の古典から来ています。 詩経の一... -
南信州の魅力発見
全国に先駆けた村│泰阜村(やすおかむら)と絶壁のホーム
「泰阜」と書いて「やすおか」。 この読みにくい村名は、中国の詩の一節「泰山丘阜(たいざんきゅうふ)」に由来すると伝わります。どっしりと安らかな山と丘。天竜川東... -
南信州の魅力発見
四つの峠に囲まれた、走る村、「売木村(うるぎむら)」という小さな盆地
長野県の最南端近く、愛知県との県境。愛知県最高峰・茶臼山の北麓に、ぽつんと開けた小さな盆地があります。売木村(うるぎむら)。 面積43.43平方キロメートル、その... -
南信州の魅力発見
花道は、村人がつくる│下條村の300年と「奇跡」の正体
長野県下伊那郡下條村(しもじょうむら)。面積38.12平方キロメートル、県内77市町村のうち4番目に小さな村です。飯田市から車で20分。天竜川の右岸、下條山脈の東麓に... -
南信州の魅力発見
いちばん小さな村に、いちばん長い道が通っていた│平谷村ものがたり
長野県で、いちばん人口の少ない村。 そう聞くと、なんだか心細い場所を思い浮かべてしまうかもしれません。けれど平谷村(ひらやむら)を訪ねてみると、印象はまるで逆...
