ブログ一覧
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歴史のトリビア
信長から謙信へ渡った「南蛮の贈り物」の行方
安土城とともに消えた信長の遺品 戦国の覇者・織田信長。天下統一を目前にしながら本能寺で倒れたこの武将は、意外なほど「もの」(いわゆる遺品)を残していません。と... -
南信州の魅力発見
断層の谷に都があった│大鹿村(おおしかむら)という奇跡の場所
長野県下伊那郡大鹿村(おおしかむら)。 南アルプス(赤石山脈)と伊那山脈に挟まれた、標高の高い谷あいの村です。面積248.28平方キロメートルのうち97%が山林原野。... -
南信州の魅力発見
【飯田市の紙文化】年貢も紙で納めた│南信州の“紙の町”トリビア
その昔、お米の代わりに“紙”で年貢を納めていた町がある――そんなトリビアをご存知ですか? その舞台となったのが、南アルプスと中央アルプスに抱かれた自然豊かな地、長... -
南信州の魅力発見
詩経から生まれた村名と傘の里│喬木村(たかぎむら)の物語
長野県下伊那郡喬木村(たかぎむら)。天竜川の東岸、日本でも最大規模といわれる河岸段丘の上に広がる村です。 この村の名前は、中国の古典から来ています。 詩経の一... -
南信州の魅力発見
全国に先駆けた村│泰阜村(やすおかむら)と絶壁のホーム
「泰阜」と書いて「やすおか」。 この読みにくい村名は、中国の詩の一節「泰山丘阜(たいざんきゅうふ)」に由来すると伝わります。どっしりと安らかな山と丘。天竜川東... -
南信州の魅力発見
四つの峠に囲まれた、走る村、「売木村(うるぎむら)」という小さな盆地
長野県の最南端近く、愛知県との県境。愛知県最高峰・茶臼山の北麓に、ぽつんと開けた小さな盆地があります。売木村(うるぎむら)。 面積43.43平方キロメートル、その... -
南信州の魅力発見
花道は、村人がつくる│下條村の300年と「奇跡」の正体
長野県下伊那郡下條村(しもじょうむら)。面積38.12平方キロメートル、県内77市町村のうち4番目に小さな村です。飯田市から車で20分。天竜川の右岸、下條山脈の東麓に... -
南信州の魅力発見
いちばん小さな村に、いちばん長い道が通っていた│平谷村ものがたり
長野県で、いちばん人口の少ない村。 そう聞くと、なんだか心細い場所を思い浮かべてしまうかもしれません。けれど平谷村(ひらやむら)を訪ねてみると、印象はまるで逆... -
南信州の魅力発見
柿のれんと、900年鳴りつづける獅子│高森町という小さな豊かさ
天竜川がゆるやかに削った河岸段丘の上に、その町はあります。長野県下伊那郡高森町(たかもりまち)。東に南アルプス、西に中央アルプスを望み、町の東西でずいぶんと... -
南信州の魅力発見
段丘のてっぺんで、松茸が香る、豊丘村という「豊かな丘」
長野県の南部、飯田市の北東。天竜川がつくった日本一とうたわれる河岸段丘の、ちょうど中心にその村はあります。豊丘村(とよおかむら)。 村の名前は、「豊かな丘」。... -
歴史のトリビア
僧侶から5万石の大名へ!浅井長政と秀吉に仕えた宮部継潤の生涯
歴史の表舞台で輝く英雄たちの陰には、その礎を築いた無数の家臣たちの存在があります。今回は、浅井長政に仕え、のちには豊臣秀吉のもとでその才能を大きく開花させた... -
歴史のトリビア
信玄の六人の娘たちの人生模様(武田滅亡後の記事・続編)
前記事「武田滅亡後、信玄の子どもたちはどう生きたか?知られざる一族のサバイバル物語」の通り、武田滅亡と共に信玄の息子たちは次々と散っていきました。では、娘た... -
歴史のトリビア
武田滅亡後、信玄の子どもたちはどう生きたか?知られざる一族のサバイバル物語
「人は城、人は石垣、人は堀」 家臣を何よりも大切にした武田信玄が築き上げた最強軍団も、時代の奔流には抗えませんでした。信玄亡き後、織田・徳川連合軍の前に滅亡し... -
歴史のトリビア
合戦の先陣はどうやって決まったのか、武田信玄の意外な選抜方法
武将たちが憧れた合戦の花形「先陣」 戦国時代の合戦と聞くと、大軍勢がぶつかり合う勇壮な場面を思い浮かべる方も多いでしょう。その中でも、一番最初に敵陣へ攻め込む...
